気づいたこと

僕なりに今後の波を予想してみると、
今がカオス(混沌)だとすれば、これからの変化の波は、集団(政治、会社、学校など)が長年かけて人々に教え込んできた教育の力で集団に属する形態が急速に薄れて、個人が個性を生かし多様性を持って生きる時代へと急速に変わると思います。その先はカオスが終わり自然へとなるわけですが、2030年か2040年への間は、その風がグルングルン吹きまくると思います。

例えば、僕が気づく周りだけ見ても、ギター屋さんの社長さん個人がギターを教えるのは素晴らしいし、ギター製作家が作ったギターを直接売るのも素晴らしいし、ギターの先生がギターを売るのもアリだし、レストランオーナー自身が自分のお店でコンサートをやるのも素晴らしいし、文才や笑いのセンスがあるギタリストがその才能を生かしギター愛好家を楽しませるのも素晴らしいことだと思います。ギター屋さんはギター屋さんだけだけとか、ギターの先生は先生だけとか、レストランオーナーはレストラン経営だけとか、ギタリストはギタリストだけとか、そういうのじゃない、個人が生きた経験や好奇心やひらめきを生かす多様性が光る時代!!!ただ何でもかんでも多様性だと言っちゃって、本気じゃないと、この風に淘汰されちゃうんだろうけど。
とにかく、集団が個人の力の高ぶろうとする感情や激しい欲望や衝動的な行動を管理するために、個人を教育で取り込み囲う世間のしきたりは終わる!集団のそれしかない役目は終わる!そうなれば、個人が解き放たれるので、個人に好きなもの(適度な欲)があることが大切だと思います。そうなると、個人同志が互いを邪魔することなく尊重しあって生きる時代になると思います。それは言わば、自然界の森の木々は互いの葉が互いの成長を邪魔することなく日が当たるように枝葉を伸ばすのと同じことだと思います。人間界も自然界と同じになる!!!

僕個人の経験をちょっとだけ例に書けば、僕は一度(何度か?)ギターをあきらめて、塾や高校で英語の先生をしたことがあったけど、高校の先生になる面接の時に僕の履歴書を見た先生が、「英語の経歴とギターの経歴が混在してることを校長が嫌がるからギターの経歴を消して提出し直してください。」と言ったので、その通りにして先生をやったけど、どっちにしても大した経歴がなくても何故か目立ってしまう仕組みになってる僕が静かにやり過ごすことなんてあり得ないわけで、そもそも学校という集団の中で慣習に従うなんて、やろうとしてもその中では不自然に目立ってしまうので、6年でクビになりました。僕個人個性がどうこうじゃなくて、この学校がどうこうじゃなくて、そういう慣習は風に吹き飛ばされる時代が始まったと思います。

そして今、僕は好きなギターに戻って、コンサートしたり、ギターを教えたり、ギター売ったり、やってますが、その他の経験や好奇心やひらめきを生かし、写真を撮ったり、石を拾ったりもしています。ギターのコンサートの時に、写真を絵葉書にして売って欲しいとか、石を売って欲しいと言われることがありますが、もしこれを実現すると、これはカオスなのか、それとも多様性なのかと、迷っています。なので、ギター以外のものを売るネットショップを立ち上げて石を売ったら、YouTubeの視聴者さんだけでなく、ギターの生徒さんにも興味を持っていただき、売れちゃってます。もし良かったらご利用ください。みんな大好きクレジット決済もあります。

ギター以外のものを売ってるネットショップのリンク
蕗の葉の下の蔭から

趣味程度ですが合法的にギターを3本売り出したらあっという間に売れたのは、ネットショップに晒しただけでなくYouTubeで僕の変態性がそれとなく現れる宣伝動画を公開したからなのかもしれない…けど、だからと言って、ギター以外のものを売るための宣伝動画も同じように作るべきか迷っています。もしそうなった場合、今はほぼギター関係だけの僕のYouTubeチャンネルは、カオス?それとも多様性?
※ギターが売れたのは、売る前のメンテナンス修理をしてくれた田邊くんの力が大きいことは、関わった人たちはわかっていると思います。誰が直したかで音は変わりますから。
僕のCDやコンサートチケットだけでなく、今後もギターを売ります!次は7月か8月かな。

ギター関係のものを売ってるネットショップのリンク
ギタリスト佐藤純一商店

ってなわけで、今後も、変態性がにじむ佐藤純一をよろしくお願いします。

すべてはつながっている。

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